第10章 看病七日目 逃避と告白
(どうすればって、そんなこと言われても突然過ぎて…)
口が縫い付けられたように開かない。
静寂が広がり、どちらも口を閉ざして見つめあい、数分過ぎた。
寒くもないのに緊張で身体が震え、何か口にしようとするたびに『現代に帰る』という大きな壁が立ちふさがり、口を噤むしかなかった。
謙信「…俺のような厄介な男に好かれ、その女も難儀なものだな」
小さく落とされた言葉には寂しさが混じり、静かな部屋に儚く消えた。
(違う、厄介なんかじゃない。難儀だなんて思ってない!!)
否定したいのに、言葉にすれば謙信様の想い人が私だと認めてしまうことになる。
言葉を発せず、やり切れない思いで首を振る。
苦しい痛みに右手でそっと胸を押さえた。
(応えられない。応えちゃいけない!)
『謙信様の想いに応えてしまえ』と、甘い誘惑が私の心をとらえようとしている。
必死で抗い振り払う。
(帰るんだ。私はこれ以上…この時代の人に関わったらいけないんだから)
たとえ謙信様の心がこちらを向いていようと。
「きっとその方は厄介だとも、まして難儀だなんて思っていないと思います。
だって……謙信様はとても素敵な方ですもの。
嬉しいと思うはずです。ですが事情が事情なら、嬉しいと感じても……応えられないかもしれませんね」
言葉が震えるのはどうにもできなかった。
笑いかけながらも締め付ける胸が痛くて堪らない。
もともと透けるように白い顔がすっと青ざめ、歪んだ。
(謙信様を傷つけてしまった)
こらえきれず俯いた。
謙信様の心が私に向いているのに、応えることができない虚しさ。
こんな状況でなければ、私がこの時代の人間だったら、こんなに苦しむことはないのに。
迷うことなくその手を取るのに。
(なんで私はこの時代の人間じゃないんだろう)
我慢しようとしても溢れそうになる涙に、慌てて立ち上がった。
「申し訳ありません、少し席を外しますね」
厠にでも行くふりをして外の風にあたろう。
冷たい風は頭を冷やしてくれるだろうから…。