第1章 触れた髪
「嬉しいです。その…『信用できる』と言ってくださって」
嬉しくなって、ニコニコと謙信様を見つめた。
謙信様は一瞬言葉に詰まり、
謙信「酒が回ったか…」
と言って、感情の読めない顔でじっと見つめてきた。
謙信「お前は越後に来るつもりはないのか?
来るなら住まいの世話くらいしてやるぞ」
(え?どうしたの、急に!?)
返答できないでいると、謙信様は、
謙信「俺は近いうちに安土を攻めるつもりだ。
お前のような呆けた女がどうなろうと構わないが、何かあると佐助の刀が鈍る。
それなら前もって越後に移り、安穏と暮らしていた方が良いのではないか?
それ以前に、何故恋仲の男の傍に居ない?
愛しく思っているのなら、離れるべきではない」
「謙信様…」
最後の言葉に重みがあった。
謙信様の瞳が悲しげに揺らいでいるような気がした。
(誤解を解かなきゃいけない。でもどうして謙信様はこんなに悲しそうなの?)
「まだ安土を離れるわけにはいきません。奉公先の人達が佐助君と同じくらいとても大切だから。
それより謙信様はどなたか想いを寄せている方がいらっしゃるのですか?
間違っていたら申し訳ないのですが、その方と遠く離れていらっしゃるのですか?」
私の問いかけに謙信様は目を見開き、息を呑んだ。
謙信「…お前には関係のないことだ」
冷たく拒絶された。
近づいたと思った距離は突然、突き放された。
いつもは澄み切った二つの目が、みるみると曇り濁っていく。
(あ、駄目だ。ここで諦めたら、心閉ざされちゃう)
思わず手を伸ばして謙信様の両手を握った。
謙信「…なんのつもりだ」
「えっと、特になんのつもりもないんですけど、とっさに」
あたふたと言い訳をしている間に、どうしたら良いか頭をフル回転させる。