第10章 看病七日目 逃避と告白
「……」
謙信「お前は…何も語ってくれぬのだな」
「そんなことは……」
寂しそうに微笑する謙信様を見返す。
謙信「俺はお前の言葉に幾度も救われた。後ろばかり見て伊勢の死に縛られていた俺を、癒してくれた」
「そんな大それたことはしていません」
謙信「いや、本当のことだ。数々の言葉でお前は俺の心を引き上げてくれた。
誰にも、自分自身さえ癒せぬと思っていた傷をお前は癒した。
死者を思い出す者が居なくなった時が本当の死だと……俺は伊勢の死を受け止めきれず、無念であっただろうと、そればかり思い続けていた。
それがここ数日舞と話をするうちに伊勢の些細なことを思い出すようになった」
晴れやかな心を映すように二色の瞳が煌めき、私を見つめ続ける。
謙信「今までは伊勢を思い出すと尼寺の一室で一人暗い顔をして座っていたのだ。
首から血を流して倒れている時もあった。
だが今はこうして目を瞑ると……」
言葉を切り謙信様は目を閉じた。
微笑を浮かべた表情がとても柔らかく、幸せそうに見えた。
謙信「伊勢が笑っているのだ。城の庭で、日の下で、花が綻ぶように笑っている。
うさぎに話しかけていた可憐な声も聞こえるようだ」
また目を開き嬉しそうに言った。
謙信「舞のおかげだ。俺に伊勢を思い出させてくれた。
死の淵にいるあいつではなく、他愛ない話から些細なことを、俺が愛しいと思った言葉や仕草、声を……」
私はうんうんと頷いて話を聞いていた。
謙信様が立ち直ってくれたのが嬉しくて。
謙信「俺は伊勢を二度死なせるところだった。
守れなかったと悔いているばかりではなく、残された者のつとめとして、あいつを思い出してやらなくてはいけなかったのに。
伊勢が残したものを俺は死ぬまで忘れたくない。そう思うようになった」
「……とてもすっきりした顔をされていますね」
謙信「ああ。今や伊勢のことをよく知っているのは俺だけだ。
容易と死ぬわけにはいかない。懺悔の気持ちは消えないが生きようと思う。
それが伊勢への供養となろう。
生きることが人を生かすと知った。そう考えるようになったら、心に覆っていた何かから解き放たれたようになったのだ」
謙信様は胸に手を置いて確かめるように押し当てた。