第10章 看病七日目 逃避と告白
(謙信目線)
舞が長屋を去った。振り返ることなく去っていった背中を思い出し、胸が塞がった。
引き留めたがあいつの意志は変わらなかった。
(惚れた男が引き留めたなら考えを変えただろうか)
どす黒い感情が渦を巻き続ける。
女々しい考えを追い払うために越後へ帰る最終確認にはいったが佐助が妙に舞のことを追及してくる。
適当にあしらっていると、佐助は考え込み、何か決心したように言った。
佐助「謙信様。舞さんの好きな人は……謙信様です」
謙信「真面目な顔で冗談を言うようになったか」
まだ熱でもあるのかと見てみたが、顔色は通常通りだ。
佐助「冗談ではありません。俺はこの耳で聞きました」
謙信「っ」
断言した顔に、偽りはない。
(それが事実なら、なぜ舞は…)
佐助「舞さんは、いろいろ事情があって謙信様を諦めようとしているんです」
謙信「その事情とやらを佐助は知っているのか」
佐助「はい」
舞が抱えている秘密を俺よりも理解している佐助にいやしくも嫉妬する。
(俺が知らぬ舞を佐助が知っていることが…許せぬ)
佐助「とびきり特大の秘密を抱えているんです。
舞さんは怖くて堪らなかったんだと思います」
謙信「何に対して怖いというのだ」
舞が怖いと思うもの全てから守ってやりたい。
一見呑気な女だが芯はその辺の女共よりよっぽど強い。
それが怖がる、というのなら余程のことだろう。
佐助が言う『とびきり特大の秘密』という表現もあながち大げさではないのかもしれない。
佐助「詳しいことを今は言えませんが、もし謙信様が舞さんを恋人にしたいと思っているなら、それ相応の覚悟をして望んでください」
謙信「覚悟?」
佐助「ええ。謙信様が舞さんの手をとった瞬間に、彼女は故郷を失うことになります。二度と帰れません」