第10章 看病七日目 逃避と告白
長い廊下を歩き続けいくつか角を曲がった先、宿の一番奥にある部屋に通された。
渡り廊下があり、他の客室とは離れた造りのようだ。
掛け軸や花瓶など、品の良いものが飾られた落ち着いた部屋だった。
謙信様は勝手知ったるという感じでさっさと腰をおろし、私もそれにならって空いている座布団に座った。
謙信「突然押しかけてすまなかった。万が一とは思うが追手がくるやもしれぬ。
警戒を怠らぬようにしろ」
(え?)
驚く私の前で女将さんは畏まって礼をした。
女将「承知いたしました。牧にも伝えます。昼食は召し上がりましたか?」
謙信「まだだ」
女将「ではご用意いたしますので、その間よろしければお湯をお楽しみください」
顔を上げた女将さんと目が合った。
ニコリと微笑まれ、つられて笑顔を返す。
女将「ふふ、可愛らしい方ですね」
女将さんはサッと立ち上がると部屋を出て行った。
「あの、謙信様。もしかしてここは謙信様の隠れ家だったり…しますか?」
二人の会話を聞いていればそれ以外考えられない。
謙信様はあっさりと肯定した。
謙信「表向きはただの宿屋だが、俺と信玄が安土の動向を探るために作った宿だ。間諜や佐助達軒猿達も一般の人間に扮してここで寝泊まりすることも多い。
何も知らぬ一般客がもたらす噂話もなかなかに役立つものだ」
「そ、そうなんですね。佐助君がここで療養しなかったのは感染を抑えるためですか?」
謙信「そうだ。いんふるえんざは伝染しやすいと聞いて長屋に留まった。
あの長屋は潜伏先として何度か使用していたが、石田三成に見つかってはもう使えないな。
新たに部屋を探さねばならぬ」
何でもないことのように謙信様はお話してくれたけど……どうしよう、裏事情を次々と聞いてしまっている。
(機密情報ともいえるのに、なんで私にお話ししてくださるんだろう)
謙信様は安土の敵だと言って警告してきた時もあったのに。
落ち着かない気持ちで座っていて…気付いた。
「そうだ、佐助君は大丈夫でしょうか。
まだ長屋のお部屋にいたのでしょう!?」
三成君は大家さんに聞いてあの部屋を突き止めたはずだ。
青ざめる私に対し、謙信様は欠片も心配していないようだった。