第9章 看病七日目 岐路
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舞が荷物を持ち、部屋の戸口にたった。
佐助が戸を開けてやると舞は敷居をまたぎ、身体をこちらに反転させた。
動く度に風呂敷からカチャカチャと音が聞こえた。
荷物を持ってやりたいが、到底それは叶わない。俺と一緒に居るところをみられてはならないから…。
佐助と舞が『筋力アップ』『タイムスリップ』といった訳の分からない言葉を使って話し、最後に南蛮人のように片手を握り合っている。
文字や言葉、挨拶の仕方も、日ノ本の人間であるのにどこか違う。
別れの場においてもそれが引っかかった。
佐助と別れを済ませた舞がこちらに向き直った。
透き通った薄茶の瞳が最後だと言わんばかりにまっすぐ俺を見てくる。
謙信「………」
真面目な表情がふと緩んだ。
それだけで舞の思考がわかってしまうくらいには共に過ごした。
(大方『可愛い』と思われているのだろうな)
一度脅したらそれ以降は使わなかったが、時折俺を愛でるような視線を感じていた。
今ならば舞が俺に対し抱いてくれる感情であれば、可愛いでもなんでも心を浮き立たせる…。
「安土の姫と知りながら看病に通わせて頂きましてありがとうございました。
たくさん…謙信様のことを知ることができて毎日楽しかったです。
お世話になりました」
無難に挨拶を返せばいいものを、整理しきれず雑然とした頭はまったくはたらかない。
行くなと手が伸びそうになるのを誤魔化すため、姫鶴の柄に手を乗せた。
謙信「息災でな…」
言えない言葉を飲み込み、出たのはそれだけだった。
舞は寂しそうに笑い、ゆっくりと一礼して去っていった。
謙信「………っ」
小さくなっていく姿を見たくなくて早々に部屋の中に戻った。
俺の後ろから来た佐助が戸を閉めた。
がらがら、パタン……
古い木戸が、俺達の間を永遠に隔てた。
そんな気がした。