第9章 看病七日目 岐路
そこまで言って嵐のように気持ちが高ぶった。
(佐助でなければ誰だ、お前の心を占めているのは)
顎から手を離し、腰に手をまわして引き寄せた。
思いの外細い腰の感触に胸が熱くなる。
舞の手から贈り物の反物が床に落ちて転がった。
謙信「駄目だ、帰るな」
「っ…帰ります」
間髪入れずに断られた。引き寄せる腕に力を込めた。
謙信「俺にはわかる。息をしているだけで愛しいと思うなら、それは手遅れだ。
国へ帰ったところで忘れられるはずがない」
舞の顔が悲しそうに歪んだ。
言葉ひとつで簡単に動揺するくらいだ。踏ん切りがついていないのが明白だ。
「忘れられなくとも…帰らなくてはいけないんです。
好きと伝えられないのに、その姿を見たら辛くて苦しいに決まっています。
いっそその人が視界に入らない遠いところに行った方が諦めもつきます」
謙信「諦めなど……つかぬと思うぞ?少なくとも俺はそうだ」
お前が遠くに行ってしまったなら俺は諦めきれずどこまでも追いかけるだろう。
蝦夷よりも琉球よりも遠い未開の地だとしても。
それほどにお前を愛しく思っている。
だが追いかけた先で舞が困った事態にならないのか。
追いかける前に舞に想いを告げたらどうなるのか…。
もっと国について聞かねばならぬのに、後回しにしてでもはっきりしたいことがあった。
身じろぎして逃げようとする身体をなんなく押さえつけた。
謙信「離して欲しくばお前の心を奪った男の名を言え」
(普段の言動から信長や他の武将達ではなさそうだが…)
「いいえ、絶対言いません。それにその人には想い人がいらっしゃいますし、私のような女に到底釣り合う方じゃないんです。
誰もが惹き付けられる素敵な人で……叶わない恋なんです」
頑なに想い人の名は告げず、叶わない恋だと弱々しく嘆く。