第9章 看病七日目 岐路
(このように磨き上げる必要はないのに、手抜きという物を知らんのか)
舞に声をかけ、用意しておいた反物を渡すと目を輝かせて喜んだ。
普段着ている着物の柄、ますくの柄、手ぬぐいの柄を観察し、城下に越後の商人として潜ませている者に舞の好きそうな柄を伝え、持ってこさせた。
届いた反物は幾つかあったが、迷うことなく一つの反物を選んだ。
それが今舞の手元にある。
厳しい冬の寒さを乗り越え、一番に春を知らせてくれる可憐な花。
淡い色味や生地の風合いが舞にピッタリだ。
しきりに感嘆の息をもらしているところを見ると、どうやら気に入ったようだ。
折を見て問いかけると、やはり国へ帰ると言う。
家族も居ないのに何故だと問い詰めると、消えそうに細い声で答えが返ってきた。
「もう……」
謙信「?」
「もうこれ以上偽りたくないんです。身分も、心も……。
だから帰るんです」
身分はわかる。強引に姫に仕立て上げられたのだから。
だが心、というのはどういう意味だ。
もう時がないというのに、舞の秘密に触れることもできずにもどかしさだけが増していく。
謙信「お前の気持ちはわかった。だが…いつか戻って来るのか、佐助の元に」
「……」
強引に上向かせた表情が否定している。もう帰ってこないと薄茶色の瞳が物語っている。
舞にもう会えぬと知り、耐え難い苦痛が全身を襲った。
謙信「息をしているだけで格好いいと惚気たのはお前だろう?
それほどまでに佐助に惚れているのに、何故離れる?
安土を出て佐助の元に来れば良いではないか?」
途端に目が潤み始め、滑(すべ)らかな頬を透明な雫が流れた。
(泣かせるつもりはなかった)
涙をぬぐってやろうとした時、衝撃的な言葉を聞いた。
「私と佐助君は恋仲ではありません」
言葉を理解するのに間が必要だった。