第9章 看病七日目 岐路
(謙信目線)
明日越後へ帰ると伝えると舞は寂しくなりますと表情を曇らせた。
ここを出れば交わっていた縁が切れる。
鉛を飲み込むような思いがしたが、どうすることもできない。
部屋を片すように言うと、舞はわき目もふらず掃除をしている。
(そんなに手早く掃除をしたらお前の帰る時刻が早まってしまう…)
軍神がきいて呆れる。一人の女に女々しいことばかり考えている。
だが驚くほど惑うのだ。
手放したくないと思えば思う程、手を伸ばせなくなるのは何故だろう。
伸ばした手を拒否されたら…俺は今度こそ心を凍らせてしまう。
心を取り戻させてくれた舞に拒絶されたら…再び閉ざすだろう。
愛おしい。
どうすればいい?
いっそのこと奪えばいいのか?
駄目だと、踏みとどまる。
舞が隠している秘密を俺は知らない。
とてつもなく大きく重たい秘密は舞を苦しめている。
おそらく『秘密』と『国へ帰る』は裏で繋がっている。
恋仲でもない俺に引き留められたところで舞は断るに違いない。
ふと片付けの手を止め、閑散とした部屋を見る。
ここで過ごした日々を宝物にして胸に仕舞いこめばいいのだろうか。
舞は俺の事などすぐに忘れてしまうだろう。
俺だけが覚えていればそれで……
眉間の皺が余計に深くなった。
謙信「……」
己の欲が理性とぶつかり合い、戦っている。
俺だけが覚えていればいいなどと言い切れるほど、綺麗な心ではない。
手に入れたい、手出しはならない…ずっと戦っている。
(埒があかぬ。最後に話をしてみるか……)
ちょうど舞の片づけが済んだところだった。
古い長屋の一室が、塵ひとつない清潔な部屋に仕上がっていた。