第1章 触れた髪
二人が歩く音と、時折烏(からす)がカアカアと鳴く声だけが響いた。
謙信様が言った通り、坂道はすぐ終わり、もう長い間使われていないとわかる古いお寺があった。
ところどころ朽ちているお寺の脇を通ると、やがて簡素な東屋が見えてきた。
その中央に腰の高さまである石造りの台があった。
「お水が湧いてる…」
近くに寄ってみると石造りの台は真ん中がすり鉢状になっており、その中心から水がコポコポと湧いていた。
溢れた水は石の道を通って寺の脇の小川へと流れるようになっていた。
誰かが手入れしているのか、東屋は綺麗だ。
謙信「そこに座れ」
繋がれた手が離され、腰掛けるように言われたので素直に座った。
何をするんだろうと見ていると、謙信様は懐から手ぬぐいを出してジャブジャブ洗って搾り、それを綺麗に畳むと私の頬に当てた。
謙信「これで冷やしていろ」
(もしかして真っ赤なのかな。確かに頬が熱いけど…)
謙信様との時間が終わるのが寂しいと思っていた矢先にここへ連れて来てもらって、一緒に居られる時間が少し延びた。
(なんでだろう…。もう少し一緒に居たい。
もっと謙信様とお話したい)
渡された手ぬぐいを頬に押し当てると、ひんやりと気持ちがいい。
うっすらと香のかおりがしてドキリとする。
ぎゅっと頬に押し当てる…そうすれば謙信様の香りが移るような気がして。
(ああ、きっと思ってる以上に酔ってるんだ)
自分の行動にそう理由づけした。
そうしている間に謙信様は東屋から離れて、木々を見上げて歩いていき、黄色く色づいている大きめの葉を2枚採ると戻ってきた。
その葉を綺麗に洗い、二枚の葉に別々の切れ目を入れ折り込んでいくと、あっという間に手のひらサイズの器が出来上がった。
謙信様は水を入れ替えるように手で何度かかき混ぜた後、その器に水を汲んだ。
無言でそれを差し出されたので、
「ありがとうございます」
礼を言って口を付けた。
(冷たくて美味しい!)