第1章 触れた髪
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帰り道。
あんなにお酒を飲んだのに、謙信様はしっかりとした足取りで歩いている。
それに対して、私はというと…
(結構酔ってるなぁ。足元がふわふわする)
城下では躓いて怒られてしまったので、できる限り気を付けて歩く。
(酔ってない、酔ってない。真っすぐ歩ける)
自己暗示をかけようとしても、足の裏が捉える地面の感覚はフワフワと雲のよう。
謙信「お前の奉公先まで案内しろ。送っていってやる」
足を止めてこちらを見る謙信様に私は首を横に振った。
「いいえ!ごちそうしてもらったのに、さらに送ってもらうなんて。
一人で帰れますので、もうこの辺で大丈夫です」
城下の大通りまでまだ少しあるけれど、まだ夕暮れで明るいし問題ない。
けれど謙信様は思いっきり胡散臭そうな表情で言った。
「黄昏時だ。夜と同様、人をかどわかす者や、物の怪の類が出てくる。
お前のような隙だらけの女は恰好の餌食となる。
遠慮する暇があったら、さっさと案内しろ」
(心配して下さってるんだよね、優しい方だな)
謙信様の口から物の怪なんて言葉が出るなんて意外だった。
(…いや、ちょっと待って?奉公先までって、どうしよう?)
もう少し一緒に居たいと思う気持ちはあるけれど、安土城まで送ってもらうわけにはいかない。
「謙信様、本当に大丈夫ですから…」
謙信様は片眉をあげて私の手首を掴んで歩き出した。
城下の大通りのほうへ向かっていたのに、急に方向を変えて細い坂道を上がっていく。
立派な杉の木が立ち並ぶその道はカーブになっていて先が見えない。
気づくと私の不安を知らせるように、握られた手に力を込めてしまっていた。
(こうしていると少し安心するな)
「あの、謙信様?どこへ?」
謙信「黙っていろ。直に着く」
越後の話をしてくれた時は穏やかな雰囲気だったのに、少し冷たいような、いつもの謙信様だ。
「…はい」
(送るって言ってくださったのを二度も断ったから、怒らせちゃったかな)