第9章 看病七日目 岐路
(さ、寒い)
12月の寒空の下。羽織も襟巻もなく、涙はあっという間に引っ込んだ。
佐助君は申し訳なさそうに眉を下げた。
佐助「ごめん、咄嗟に連れ出したから…」
「いいよ、泣きそうだったから連れ出してくれたんでしょう?寒さのおかげで頭が冷えたよ」
寒さを誤魔化すために両手で二の腕を擦る。
佐助「そのことだけど、俺達が恋仲じゃないと知って、謙信様はどんな反応だった?」
ずずっと鼻をすすって答えた。
「どんなって…凄く驚いていたよ」
佐助「その後は?何か言われなかった?」
「えっと、なんだっけ。うー、寒すぎて頭まわんない。
そうだ!帰るなって言われたよ」
佐助「それだけ?」
「うん。どうしても帰らなきゃいけないのかって聞かれたから、どうしても帰りますって伝えたよ」
体がブルブルと震え、指先の感覚がなくなってきた。
今日は氷点下なのだろう。吐く息が真っ白だ。
佐助「帰るなという言葉以外には」
「え?」
佐助「もっとこう…心浮き立つような言葉はなかった?」
佐助君にしては珍しく奥歯に物がはさまったような言い方だ。
「心浮き立つ……?あ!」
佐助「あったんだね」
曇っていた表情が少しだけ明るくなった。
それを見ながら頷いた。
「うん、国へ帰る私を想って縁起物の梅の柄を選んだって言ってくれたよ。
嬉しかったなぁ。
謙信様は梅干しが好きでしょう?てっきり着物に梅を持ってくるくらい梅がお好きなのかと一瞬思っちゃったから、ふふ」
佐助「どうやら大事なことは言ってないみたいだね」
佐助君は肩を落として、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。
「なんのこと?」
佐助「いや、なんでもない。聞きたい事は聞けた。
戻ろう、きっと謙信様がイライラして待っているだろうから」
「イライラ?あ、勝手に出てきちゃったもんね」
佐助「うーん、もっと違う理由だ」
「?ふ、ふーん」
佐助君は私を見下ろして薄く微笑んだ。
佐助「鋭いようで鈍いんだな君は。でもそんなところも可愛いって思ってるんじゃないかな」
「え、佐助君が?私を?」
佐助「いや、そうじゃなくて……ごめん、これ以上言えない」
よくわかんないけど、佐助君のおかげで頭が冷えた。
落ち着いて別れの挨拶をしよう、そう決心して部屋に戻った。