第9章 看病七日目 岐路
謙信「離して欲しくばお前の心を奪った男の名を言え」
「いいえ、絶対言いません。それにその人には想い人がいらっしゃいますし、私のような女に到底釣り合う方じゃないんです。
誰もが惹き付けられる素敵な人で……叶わない恋なんです」
謙信「いつもの勢いはどうした?俺には当たって砕けてこいと言いながら、お前は縮こまっているだけか?」
「叶う叶わない以前の問題で、私はこちらの人と恋をしてはいけないんです。
私が国に帰らないと……そうしないと…大変なことになるんです」
私の想い人が謙信様だと言えたらどんなに楽だろう?
こんな体勢で見つめられて、攻めたてられて、さっきから心臓が爆発しそう。
「私一人の無責任な行動が大勢の人間に影響を与えるかもしれないんです。
何も聞かず、私が国へ帰るのをお許しください」
ひき寄せられる力がふと緩んだ。
謙信様は冷静な表情に戻り、念をおすように言った。
謙信「なんとしても帰るというのだな?」
「はい」
謙信「…わかった。問い詰めてすまなかったな」
あっけなく解放され、茫然とした体(てい)で元の場所に座る。
謙信様は読めない表情で黙って座っている。
無造作に転がっていた反物を拾い、風呂敷に包んでいると佐助君が帰ってきた。