第8章 看病六日目 道ならぬ恋
「えー…、そうだ。お昼に食べたのは天ぷら蕎麦っていうんですけど、お酒が好きな人はお蕎麦を抜いた『天ぬき』というものを好むんですよ」
甘やかな光を一旦引っ込めて、謙信様は思案気に答えた。
謙信「…酒を飲んでいる間に蕎麦が不味くなるから、か」
「ふふ、正解!流石ですね。
私の祖父は結構な大酒飲みで、蕎麦屋に行くと必ず天ぬきを頼んでいました。
おつゆの中に天ぷらしか入っていないので、おさな心に変な料理だなと思ったものですが……お酒が好きな謙信様には天ぬきにした方が良かったでしょうか?」
昨日は餃子と鶏皮せんべいがあったからお酒をお出ししたけど、それ以外はここでお酒を飲んでいるところを見ていない。
夜飲んでいるのかもしれないけど。
謙信「ふっ、お前が丹精込めて作った蕎麦を抜くなどありえない。
食事で腹が満たされているせいか不思議と酒を飲む気にならぬしな」
「もしかして食事の量が多すぎでしたか?」
謙信「いや、そんなことはない。
以前は食事の量に関係なく酒を飲んでも飲んでも渇きが癒えなかったがここ数日は……」
言いかけて言葉が切れた。
どうしたんだろうと見ていると、謙信様はみるみる頬を赤く染め、片手で顔を隠した。
褪せた金髪がサラリと頬に落ちた。
(え?謙信様が顔を赤くしてるっ!?なんで?)
「ど、どうしたんですか。謙信様」
具合が悪いわけではないだろうけど、謙信様は片手で顔を覆ったまましばし押し黙った。
息をつめて待っていると、
謙信「……やっとわかった」
熱を含んだ掠れ声にドキッとする。
(何がわかったんだろう…)
謙信「舞…」
「は、はい」
掠れた声で呼ばれて緊張する。
背筋をピンと伸ばして返事をすると、謙信様は手を下ろし悩まし気な顔でこっちを見た。
謙信「俺は……気づかぬうちに」
言いづらそうにしている。眉間に皺がきゅっっと寄った。
「気付かないうちに、どうされたんですか?」
謙信「……道ならぬ恋をしていた」