第1章 触れた髪
謙信「その純粋さを持ったままでいろと言いたいところだが、この乱世では危うい。
せいぜいその純粋さで身を滅ぼすことのないよう、気をつけろ」
「えっと、私がぼーっとしてて危なっかしいから心配してくださったんですね?
大丈夫です。人並みに警戒心もありますし。身を滅ぼすなんて嫌ですので、危険な気配があったら一目散に逃げようと思ってますし。
謙信様はこんな私の心配までしてくださるなんて、お優しい方ですね」
謙信様「……お前の能天気な頭の中では、俺の言葉はそのように変換されるのか」
謙信様は心底呆れたようにため息をついた。
私は酔いも手伝って、ニコニコと笑って『はい』と頷いた。
謙信「お前に似合いの腑抜けた笑みだな」
薄く笑われた。謙信様の眼差しが柔らかい。
飲み始めた時は、こんな表情を見せてくれるなんて思いもしなかった。
「それって褒めてませんよね?」
ついジト目で見てしまう。
謙信「お前に忠告しても意味がないようだ。稀有な存在のまま、せいぜい佐助に守られていろ。
ただし、あまりあいつの足を引っ張るような事をしてくれるなよ」
「え?はい…わかりました。謙信様に斬られたくはないので。
ところでその佐助君と私なんですけれど…」
その時、秋風がザァと吹き、枯葉がカサカサ音を立てながら飛ばされていった。
舞い上がった私の髪が謙信様の方へ流れ、慌てて髪を押さえた。
「すみません。あっ……れ…」
謝りながら私の頭に過(よぎ)ったのは、謙信様の刀に触れて空を舞っている自分の髪。
(もしかして…もしかして…)
目の前に並んだ海藻料理を見た。
何か言いずらそうにして髪に触れてきた謙信様。
(蜂を斬った時に、私の髪を切ってしまったから…気にしてくれたってこと?
海藻は髪に良いから?)
それに気が付いた時、嬉しさが溢れて頬が熱くなった。
「あ…、謙信様。あの、ありがとうございます」
突然お礼を口にしたので謙信様は少し戸惑っていたけれど、私が髪に何度か触れ、その後パクパクと海藻料理を食べ始めたのを見て、察したようだった。
満足げに笑い、律義にも私が聞いた春日山城や越後の風景についてお話をしてくれた。