第7章 看病五日目 謙信様と餃子
背を預けていた柱から身を起こし、謙信様の傍に座った。
差し出した紙を謙信様が受け取り目を走らせた。
謙信「………ふっ」
数秒の沈黙の後、謙信様が小さく笑いをこぼした。
怒っていないとわかり、思い切って感想を聞いてみた。
「…似てますか?」
謙信「ああ。お前は俺達のことをよく見ているのだな」
指で絵をトントンと叩いたところは、お饅頭を食べようと口を開けた信玄様の首ねっこを、幸村が怒り顔で掴んでいる絵だ。
謙信「ふざけた画風だが、動き出しそうなところが一流の絵師に勝る。
お前は針子だと言っていたが絵師にもなれるのではないか?」
ぶら下がる佐助君の足元で、外套をひるがえして刀を振っている謙信様の絵を指でなぞられた。
まるで私自身がなぞられているようなこそばゆい感覚がする。
「いえ、本職の方の足元にも及びません。
幸村の着物も記憶があやふやなので適当になっていますし…」
適当に書いたので、幸村の腰回りが寂しい。
謙信様が幸村の格好を口頭で説明してくれたけどピンと来なくて『描いてみてください』と鉛筆を渡した。
謙信「この間も思ったが奇妙な筆だ。この中心の黒い部分は墨ではなかろう?」
なんてブツブツ言いながら描いていく。
「………」
(これは………)
謙信様の絵は良く言えば抽象的で、悪く言うなら『何を描いているかわからない』だった。
(腰に蛇みたいなものが巻き付いてる…)
返ってきた紙を難しい顔で見つめる。
でもどう見ても…申し訳ないけど…
「ふっ、ふふっ。謙信様にも苦手なことってあるんですね!」
謙信様は面白くないといった表情で顔を反らした
謙信「面と向かってそう言ってきたのはお前だけだ。
俺はあまり絵を描くのが得意ではない」
片手で口元を隠しても、こみあげてきた笑いが小さくこぼれる。
「ふふ、人間ですもの得手不得手があって当たり前です。
謙信様はなんでもこなすから苦手なモノがないのかと思っていました」
ひとつまた愛しい発見をしてしまった。
腰に蛇を巻き付けた幸村の絵が、どんな高価なものよりも価値があった。