第7章 看病五日目 謙信様と餃子
「思い出すのは、どうしようもない話だったり表情だったりするんですけどね…。
もうこの世に居ないんだと胸が痛みますが、それも全部ひっくるめて残された者のつとめだと思っています。
父と母に誇れるように目一杯生きる人生にしたいんです」
喪失感と戦いながら、それも残された者のつとめだと言ってのける強さに引き込まれた。
慣れない土地で懸命に生きているのは死んでしまった親に恥じない生き方をするため…。
悲しみを隠し持ち、それでも前を見て生きようとしている。
乱世に染まらず、危うい女だと思ったのは間違いだった。
(この女は、俺よりよっぽど強い)
料理の仕上げに入ったようで竈の前に連れてこられた。
舞が鍋の中の油をまわしながら焦げ目をつけていく。
謙信「………」
(思い出す者が居なくなった時、人は本当に死ぬ、か……)
射抜かれた胸にそっと手をあてる。
ここについた傷は触れられると酷く痛み、腫れ物のように誰も触れなかった。
この俺でさえも。
伊勢の在りし日の姿を思い出したことがあっただろうか?
その名を耳にすることさえ嫌ってはいなかったか?
伊勢の家族はすでにない。
仕えていた者達はどこかで生きているだろうが、格別深い仲だったのは俺だけだ。
(俺が目を背けていたら、誰が伊勢を偲ぶ?
…誰も居ないではないか)
頭を殴られたような衝撃だった。
「謙信様が包んだ餃子も上手に焼けましたよ!」
舞が嬉しそうな顔で焼き上がった餃子を1つ持ち上げた。
無駄に元気のよい女が、輝いて見えた。
(この女が気づかせてくれた)
謙信「ああ、美味しそうだな」
俺は生きなければならぬ。伊勢を偲んでやれるのは俺だけだ。
あいつを生かすも、本当に殺してしまうのも…俺だ。
伊勢を一日でも長く生かしたい。
一日でも長く……生きたい。
長年心に巣くっていた闇が一掃され、心が解き放たれたように軽くなった。
清涼な風が吹き、清々しい。
「……?」
(礼を言うぞ、舞)
長年灰色に見えていた世界が色を付けたように美しく見えた。