第7章 看病五日目 謙信様と餃子
(ま、待て。この女…っ)
俺に『あーん』などと言ってくる人間がこの世に居たとは。
頬に熱が集まるのをおさえきれなかった。
謙信「この俺につまみ食いを強要するとは、なんという女だ」
「べ、別に強要はしてませんけど、今が一番美味しい時だから食べさせたかっただけです!」
慌てた舞が箸を置こうとしていて、突然それが惜しく見えた。
俺に食べさせたかったというのなら仕方ない。
謙信「仕方ない、味見をしてやろう」
箸を辿って見ていくと舞と目が合った。土間で、しかも立ったまま食べた経験など皆無だが…悪くない。
口に入った物を咀嚼(そしゃく)するとカリカリと歯ごたえがよく、うまかった。
鶏の皮にこのような食べ方があるとは知らなかった。
謙信「この歯触り、なかなかに良いな。塩味が効いて美味しい」
「お口に合って良かったです。これを食べながら飲むのが大好きで…」
そう言う顔は寂しさを漂わせている。
(もしや……)
餃子を一緒に作っていたのは父親だったと言っていた。
謙信「これを食べながら飲むのが好きだったのはお前ではなく、父親か?」
「え……」
謙信「驚くことはない。お前は本当にわかりやすい」
ささいなことで故人を思い出してしまったのだろう。
この女に翳った顔など似合わぬ。気休めにしかならないだろうが頭を撫でてやった。
「ええ、餃子も、鶏皮せんべいも父の好物でした。思い出の料理です」
謙信「お前は二親を失くしていたのだな。思い出すのは辛くはないか」
「母のことは覚えていませんのでさして辛くはありませんが、父のことは全然辛くないといえばウソになります。
けれど誰の言葉かは知りませんが『故人を思い出す人が居なくなった時、人は本当に死ぬ』って聞いたことがあって……」
謙信「っ」
舞の言葉が鋭く胸に突き刺さった。