第1章 触れた髪
謙信「誰が恋仲だ…」
謙信様は顔をしかめて否定しようとしたけれど、おじさんは言うだけ言って席に戻っていった。
「あ!おじさん!ありがとうございます。いただきます!」
離れた席に座ったおじさんに礼を言って、その徳利を手に取る。
「…えっと、こちらも飲んでみますか?」
『恋仲の女』発言で少し機嫌が悪そうな謙信様に、恐る恐る声をかけた。
謙信「ああ」
不満げではあるけれど、違うお酒を飲んでみたい気持ちには勝てなかったらしく、こちらに盃を差し出してくれた。
(普段は何を考えているのかわからないけれど、お酒の事になるとわかりやすいな)
少しずつ謙信様を知る度に、くすぐったい気持ちになる。
「…ふふ」
お酒を注ぎながら笑いをこぼす。
謙信「急に意味もなく笑うな」
不気味だと言わんばかりに謙信様が嫌そうな顔をした。
「あ、ごめんなさい。なんだかとても楽しくて。今日は一緒にお酒を飲んでくださってありがとうございます」
綺麗な秋景色と、美味しいお酒。
懐かしい歌、賑やかな雰囲気。
全部が私の心を満たし、ふわふわした気持ちになる。
「けれど、すみませんでした。謙信様はきっと静かにお酒を飲むのがお好きですよね?
なんだか宴会みたいになってしまって…」
そう言っている傍からあちこちで歌が聞こえ、大きな笑い声や拍手が聞こえる。
謙信「かまわん。城での宴も同じようなものだし、お前の歌も悪くない。
しかも酒が舞い込んでくるとは何よりだ」
聞きしに勝る酒豪ぶりで、謙信様は水のようにお酒をスルスルと飲んでいく。
気が付けばたくさんの徳利が空いている。
謙信様と一緒だと『気が抜けない緊張感のある宴』っていうイメージがあったけど、そうじゃないみたいだ。
それを言うなら信長様もそんな感じだけど。
普段は怖いけど宴だと楽しそうに飲んでいるし、周りの人たちが楽しくお酒を飲んでいるのを眺めて、満足そうな顔をしている。
(謙信様もそうなのかな)
どうであろうと今、お酒を楽しんでくださっているのなら良かった。