第1章 触れた髪
山は紅葉真っ盛りだ。
舗装された道路や電柱などもなく、どこまでも自然が広がっていた。
「もうすっかり秋ですね」
少しお酒が回ってきて思わず歌を口ずさんだ。
~♪~~♪
謙信「なんだその歌は」
遠い目をしていた謙信様が、こちらを見た。
景色を楽しんでいたのに邪魔をしてしまったみたいだ。
「ごめんなさい。私の国では有名な秋の歌で、子供から大人まで知ってるんですよ」
謙信「初めて聞く歌だ。最後まで聞かせろ」
(改めて歌えって言われると、恥ずかしい)
とてもじゃないけれど謙信様を見ながら歌えないので、先程のように景色を見ながら歌った。
~♪~♪
謙信「…」
歌い終わり、謙信様が何か言いかけようとしたけれど、
客「よ!お姉さん!いい声だね!」
近くで飲んでいたお客さんが話しかけてきて、謙信様は口を閉じた。
私はお辞儀をしてお酒を口に含んだ。
店のご主人がお酒が入った徳利を持ってきて『おまけだ。もっと歌っておくれよ』と言うので、思いつく限りの秋の歌を歌ってあげた。
初めて耳にする歌を皆が物珍しそうに聞き、手拍子してくれて、おおいに盛り上がった。そのうち各々の席で歌い始めるお客さんも出てきて、ちょっとした宴会のような様になってしまった。
客「姉ちゃん、この歌は知っているかい?」
謙信様が居るのとは逆隣に、少し赤い顔をしたおじさんがドカリと座った。
その人が口ずさんでくれた歌は聞いた事がなかった。
「いいえ。良かったら聞かせてください!」
安土城の宴で聞くような畏まった歌ではなく、民衆が慣れし親しんでいる歌のようだった。
私にとってはとても新鮮で、思わず手拍子をしてしまう。
「ふふ、歌がお上手なんですね」
客「おうよ!ありがとな!だけど家で飲んでる時に歌うと、かみさんに『うるさい』って怒られるんだよなぁ」
ばつが悪そうに頭をかく様子がおかしくて、クスクス笑ってしまう。
客「楽しい酒の礼だ。受け取ってくれよ!」
「え?」
おじさんは持っていた徳利を私の目の前にずい、と差し出した。
客「その酒もうまいが、こっちの酒もお勧めだぜっ!
いやぁ、お侍さんと恋仲の女は、器量は良いし歌声も可憐でうらやましい!」
そう言うと、その男の人は謙信様に向かって『がははは』と大きな口を開けて笑った。