第1章 触れた髪
浮ついた気持ちで何杯か盃を空けた後、おつまみを食べようと思い、小皿と箸を手にした。
(ん?なんだか…)
私が選んで注文したおつまみの他に、
わかめとタコの酢の物。
ひき昆布の煮物。
もずく納豆。
焼魚の大根おろしの隣にも何種か海藻が添えられている。
それを見て少し笑ってしまった。
(謙信様は海藻類がお好きなのかな)
それらの料理はどれも美味しくて、謙信様にも勧めたけれど手酌でお酒ばかり飲んでいる。
(もしかして謙信様はお酒を飲んだ後に、食事を召し上がるタイプなのかな)
謙信様の好物を全部食べては申し訳ないと思って、それぞれのおつまみを半分程残しながら飲み進めていると…
謙信「食が細いのか?もっと食べろ」
と言われてしまった。
「いえいえ、謙信様の好物を全部食べる訳にはいきません」
謙信「?」
盃にお酒を注ぎながら、謙信様は首をかしげた。
(あれ?違った?)
「謙信様は海藻類がお好きなのかと…」
そこまで言うと、謙信様は目を逸らし口に盃を運んだ。
「…俺は特別海藻が好きという訳ではない」
(え?それならどうして?)
今度はこちらが首をかしげる番だ。
クイッと盃を傾けてお酒を飲み干した謙信様は、逸らしていた瞳をこちらに向けた。
その表情はどこか怒っているようにも見える。
「どうかしましたか?」
そう聞いたけれど謙信様は答えず、ゆるやかにこちらに手を伸ばしてきた。
(な、なに?)
細く白い指先の行方を追っていくと、それは私の髪に伸びて何度か梳くように触れて…離れた。
それから謙信様は、遠くを見やりながらお酒を飲み続けている。
(?)
さっきの仕草がなんだったのかわからないまま、謙信様にならって遠くの山々を眺めた。