第91章 現代を楽しもう! ❀お花見編❀
「も、もうだめです。御覧の通り全然進まないので代わってくださいよ!」
ボートが進まないのは悔しいけど、爆笑一歩手前の謙信様を見られたのは収穫だ。
一度でいいから口を開けて『あはは』と笑う姿を見てみたい。
謙信「良いものを見られた。礼を言う」
「お礼を言われる程のことをしたつもりはありませんが!」
口を尖らせて抗議すると謙信様は意地悪な表情をさせてニヤッと笑った。
謙信「そういじけるな。なかなかに嗜虐心をそそられる姿だったぞ?」
「嗜虐心!?むー!謙信様の意地悪っ」
謙信様はオールを手に取って遠くを眺めた。池には私達と同じように恋人同士がボートを楽しんでいる。
謙信「……昔の恋仲の男が舟を漕げなかったのは幸いだった。
おかげでお前の憧れを、俺が叶えてやれた」
もう会話にさえあがらないと思っていたユウとの話を突然ふられた。
「怒って、ないですか?」
いつもの謙信様ならめちゃくちゃ嫉妬して怒りそうなのに、今日はそうじゃなかった。
謙信「俺と出会う前の話を怒ってもどうしようもあるまい。
お前の若かりし頃と、唇や肌の感触を知っていると思うと斬りかかりたくなったが、あの男との別れがあったから今のお前があるのだろう?
お前を手放してくれたことを感謝しなくてはならない」
そうは言っても眉間に寄った皺の深さから謙信様の悔しさが伝わってくる。
どうしようもないと思っていても、すぐには消化できないでいるようだ。
私だってもし昔の謙信様を知る女の人が現れたら、そう簡単に『そうだったんだ』と心の整理はつけられないだろう。
「ふふ、いつも通りの謙信様で安心しました。ユウと別れた後、何もおっしゃらなかったのでどうしたのかと心配していました」
二色の目がじろりと私を睨(ね)め付けた。色違いの瞳が危うい光を帯びている。
謙信「俺の前で他の男を愛称で呼ぶとは、覚悟はできているのであろうな?」
謙信様の纏っている雰囲気が一気に不穏なものに変わった。
春の日差しは温かいのに凍えそうだ。
(わわっ、失敗!)
地雷を思いっきり踏んだ。