第6章 看病四日目 二人の香
(謙信目線)
ひと段落ついたところで舞が茶を出してくれた。
湯呑を俺の前に置く時に袖がめくれて肌が見えたが平常心を保つ。
聞きたい事があると伝えると舞は素直に応じて座布団に座り直した。
謙信「俺が安土城に忍び込んだ時のことだ。お前は後ろをとられたにも関わらず、あっさりと抵抗をやめたが何故だ?」
牧を投げ飛ばしたと聞いたときから不思議に思っていた。
俺であれば隙をつかれて抵抗を許すなどありえないが、それにしてもあの夜の舞はすぐに抵抗をやめた。
一体何があって抵抗をやめたのだろう。
問いかけると舞は薄っすらと頬を染めた。
「あれは……その…香りがしたんです。謙信様の…」
予想外の答えだった。
(…香りだと?)
「鼻を掠めた香りが謙信様のものだったから、私を傷つける人じゃないと気づいて抵抗をやめました」
謙信「俺の……?あの日は借り物の装束を身に着けていたが、それでも香っていたか。
強い香りではないと思うが…」
腕を持ち上げ着物に顔を寄せた。
「ええ。極端に強い香りではないと思います。
お酒を飲んだ時に隣に座っていたからでしょう。香りに覚えがありすぐに気づきました」
(強くないといっても嗅ぎ当てられたくらいだ。今後の使用を考えねばならんな)
特にあの日のように忍んで行動しなければならない時に、香りというのは命取りとなる。
(香を焚くのを控えるか…)
真剣に対策を考えていたが呑気な舞はニコニコと笑っている。
謙信「ふむ、なるほどな。香りがなければ危うく護身術で投げ飛ばされるところだったな」
軽口を言ってお茶をすする。