第6章 看病四日目 二人の香
「答えたくなければ答えなくていいです。
謙信様はどうして忍びのような行動ができるのですか?」
天井や建物から飛び降りれば重力を感じさせない身のこなし、真っ暗闇を迷うことなく進み、忍び対策の仕掛けにもすぐに気が付く。
本物の忍者みたいだった。
謙信様が忍びの技術を身に着けているなんて、きっと安土の皆は知らないだろう。
もし不利になるようなら答えてくれなくても良い、そう思ったのにあっさりと答えてくれた。
謙信「上杉には俺の代まで信玄の三つ者のような忍び集団はなかった」
(信玄様の忍びの集団は三つ者って言うんだ)
うんうんと頷いて耳を傾ける。
謙信「お抱えの忍びは居たが、俺は統率のとれた忍びの集団が必要だと考え、軒猿を編成することにしたのだ。
忍びは武具の扱いがうまいだけでは務まらない。忍ぶ力をどう見極めるか、一番手っ取り早いのは俺がそれを身に着けることだった」
「優秀な忍びかどうか見極めるために…?
簡単におっしゃいますが、大変だったのではないですか?」
(戦いの表に立って戦う謙信様にとって、裏仕事の忍びは畑違いだったんじゃ…)
謙信様は目を光らせ口元に酷薄な笑みをうかべた。
謙信「そうでもない。戦いのための新たな知識を得られるのは楽しいものだ。
まぁ、コソコソするのは性に合わんが、備えていて損はなかった」
「そうですね。でなければ私のところへ薬を取りに来られなかったでしょうし、私も佐助君や謙信様が困っているのに気づいてあげられませんでした。
謙信様のおかげですね」
笑いかけた後、わきに置いたお盆から湯呑を取り上げた。
謙信「部屋に忍び込まれ、挙句の果てに根掘り葉掘り尋問されたにも関わらず感謝を述べるなど、お前くらいしたものだ」
言葉は呆れを含みつつ、無表情でお茶を飲む姿は穏やかで寛いだものだ。
「フフ、レアでしょう?」
謙信「れあ?……お前達二人は交互にわけのわからん言葉を使いおって」
「珍しいっていう意味です。交互にってことは朝、佐助君にも何か言われたんですか?」
謙信「ああ。炒り卵を見て、スクランブルなんとかと言っていた」
私の口から漏れたクスクス笑いと、静かに響く低い声が部屋の空気を淡く色づけた。