第91章 現代を楽しもう! ❀お花見編❀
「ユウ……ヘイ先輩?」
かつての恋人がそこに立っていた。歩みを止めた私に合わせて、謙信様の足も自然に止まった。
突然の再会に気持ちが追いつかないまま挨拶をする。
「お久しぶりです。帰ってきていたんですね」
海外赴任が決まり、いつ日本に帰るかわからないと、お互い気持ちはあったけれど別れた人だった。
ユウ「去年の秋に帰ってきた。元気だった?」
「はい」
ユウ「そう。良かった」
記憶にあるままの優しい声。
派手なタイプではないけど終始穏やかな性格で、そんな人の隣で確かに笑っていた時があった。
(あの腕時計…)
就職祝いに祖父が買ってくれたと言っていた腕時計をしている。
「……」
過去の恋人に偶然会っただけなのにムクムクと焦燥感のようなものが膨れ上がった。
(謙信様にもユウにも罪悪感をもってしまうのは、なんでだろう?)
ユウ「恋人?」
暗に聞いているのは謙信様のことだろう。
少し小首を傾げて聞いてくる仕草が懐かしかった。
(昔の私は、なんでも優しく聞いてくるユウが大好きだった)
忘れていた記憶が咲き誇る桜の下で突然目を覚ました。
学校の帰りに桜が綺麗だからと、この公園に立ち寄って何時間もおしゃべりを楽しんで、『そろそろ帰ろうか』と言ってくれたユウを無視して上ばかり見ていたら…ファーストキスを奪われたこと。
一瞬で離れた柔らかい唇の感触が、甘酸っぱい記憶とともに蘇った。
嫌いになって別れた訳じゃなかったから、離れた時はたくさん泣いたし、父が心配するほど落ちこんだ。
(大好きだった人なのに)
私達の歩く道はすれ違い、あの時の気持ちは時の流れとともに『大好き』から『大好きだった』に変わってしまっていた。
(ユウとのことは全部思い出…)
人の気持ちってなんて残酷なんだろう。
切なくて息が詰まった。