第6章 看病四日目 二人の香
(姫目線)
見計らって休憩用にお茶を出すと、聞きたい事があると言われた。
「はい、なんでしょうか?」
座布団に座り直し、私の分のお茶は脇に置いた。
謙信「俺が安土城に忍び込んだ時のことだ。
お前は後ろをとられたにも関わらず、あっさりと抵抗をやめたが何故だ?」
佐助君の解熱剤を貰いに来た時のことだろう。
私は天井からのノックを佐助君だと勘違いし招き入れ、黒装束の謙信様に背後から動きを封じられた。
「あれは……その…香りがしたんです。謙信様の…」
恥ずかしくなって俯く。
「鼻を掠めたお香(こう)の香りが謙信様のものだったから、私を傷つける人じゃないと気づいて抵抗をやめました」
謙信「俺の……?あの日は借り物の装束を身に着けていたが、それでも香っていたか。
強い香りではないと思うが…」
謙信様は腕を持ち上げ、確認するように着物に顔を寄せた。
「ええ。極端に強い香りではないと思います。
お酒を飲んだ時に隣に座っていたからでしょう。香りに覚えがありすぐに気づきました」
今はその香りが私の全身を包んでいる。
意識するとまた心臓が騒がしくなりそうだ。
謙信「ふむ、なるほどな。香りがなければ危うく護身術で投げ飛ばされるところだったな」
小さく笑って謙信様がお茶をすする。
「謙信様に私の護身術なんかたちうちできませんよ、ふふ。
けどこの香り、とっても好きです。謙信様に凄くお似合いです」
香りが好きなのは本当。
でも香りだけじゃなく、謙信様自身が好きなのだけど……
『好き』という単語を謙信様に使いたくて、つい言ってしまった。
謙信「そうか……」
気のせいか今日は謙信様に目を逸らされる回数が多い。
謙信「もう一つ。あの日、お前は部屋で体操をしていたと言っていたが、毎夜あんなことをしているのか?」
「あ、ストレッチですか?毎晩ではないですが、時々」
謙信「すとれっち、とはなんだ」
「そうですね…お城で姫として過ごしていたら、身体を動かす機会が減って、筋力の衰えや柔軟性がなくなってきたんです。
関節や筋肉を伸ばしたり縮めたりすることで身体をほぐしていたんですよ」
謙信「ふむ、それがすとれっちか…」