第6章 看病四日目 二人の香
舞は飛び上がらんばかりだったが、この程度のことは何でもない。
この女は俺が身の回りのことを一切しない木偶の棒とでも思っているのだろうか?
なんとなく面白くない気分のまま寝室に夜着をとりにいく。
着物の替えは今夜届く手筈になっていて、すぐに着られるのは夜着しかない。
謙信「貸してやるから濡れた着物を脱いで乾かせ。風邪をひく」
「お気持ちはありがたいですが、このくらい平気ですから」
(白い顔で強がりを言うな)
内心で舌打ちし、舞が反論できぬよう言葉を選ぶ。
謙信「女子はか弱い。些細なことで身体を壊さぬうちに言うことを聞け。
お前が倒れれば佐助の看病もままなくなるぞ、いいのか?」
『わかりました』とやっと了承したかと思えば、
…でも謙信様からお借りするのは申し訳ないので、佐助君の忍服を借ります」
(はっ?)
恋仲の男から服を借りる。それ自体はなんの問題もない。
…ないはずなのに佐助の忍び装束を着た姿を想像し、不快のあまり一瞬にして脳内から追い出す。
(黙って俺のものを着ろ)
冷えた手に夜着を押し付け、寝室に放り込むと衣擦れの音が聞こえてきた。
(手がかかる女だ。素直に言う事を聞けばいいものを)
舞が到着したことで気がかりがなくなり、気もそぞろに読んでいた書簡を腰を据えて読み始めた。
墨を摺り、書き物をしていると、隣室の戸が古ぼけた音を立てて開いた。
ソロソロと歩く気配がして顔を向けると、俺の夜着に袖を通した舞が恥ずかしそうに立っていた。
手には濡れた着物を持っており、夜着の袖が捲れて白い腕が見えた。