第6章 看病四日目 二人の香
人が通るたびに泥水が跳ねる音がするが、舞の足音はまだしない。
越後から書簡に目を通しながら、耳の神経は外に向けていた。
しばらくして待っていた足音が聞こえてきた。
謙信「やっと来たか」
足元を気遣ってか、いつもとは違うゆっくりとした足取りだが間違いない。
舞は身に纏う雰囲気だけでなく歩き方にも特徴がある。
草履に慣れていない、そんな印象だ。
普段からそうであれば、今日のように道が悪い日は殊更歩きづらかっただろう。
戸の前で足音は止まり傘を閉じる音がしたが中に入ってくる気配がしない。
(何をしている?)
気になって書簡どころではなくなり、戸を開けて出迎えた。
一緒に居るところを目撃されぬよう気を使っているというのに、早く舞の姿を確認したくて待ちきれなかった。
冷たく湿った風が頬を撫でる。
見ると舞の足元は泥で汚れ、着ている物も濡れてしまっているようだ。
手拭を持ったままが動かないので強引に中に引き入れた。
のんきに挨拶してくる舞を座らせ、用意しておいた桶を置いた。
舞は足袋を脱ごうとしているが手がかじかんで、もたもたしている。
(早くしなければしもやけになる)
汚れた右足に手を伸ばし、草履と足袋を脱がせてお湯に入れてやる。
予想していた通り足先は冷えきり赤くなっていて、足の甲や足首も血色の悪い色になっている。
しきりに恐縮する舞の髪に触れるとしっとりと濡れていた。
謙信「髪も濡れているな」
羽織や着物もよく見ると思っていた以上に濡れている。
「時折風が吹いたので少し濡れているだけです。
すぐに乾きますよ」
白い顔で言われても説得力は皆無だ。
温まった頃合いを見て足を拭かせ、その間に草履の汚れをとって干してやる。