第1章 触れた髪
やがて注文した品々が運ばれてきた。
謙信様は口の両端を吊り上げ徳利を見ている。
「ふふ、謙信様は本当にお酒がお好きなんですね。お注ぎします」
謙信「ああ」
差し出された盃に静かにお酒を注ぐと、謙信様はそのまま盃を口元へ運んでいき、一気に飲み干した。
「まあまあだな」
(まあまあ?)
その表現に一瞬不安になったけれど、謙信様の顔を見て胸をなでおろした。
謙信様は満足げな笑みを湛えてた。
無関心な顔、物憂げな顔、鋭く睨みつける顔。そんな謙信様ばかり見てきたので、お酒を飲んで浮かんだ満面の笑みには…もの凄い破壊力があった。
(笑った!あの謙信様が!うわぁ、素敵だな)
目を惹く容姿をしているけれど、身に纏う雰囲気や威圧感でつい恐れの方が勝ってしまっていた。
初めて見たその笑顔に釘付けになる。
謙信「茶屋でこのようにうまい酒を飲めるとはな」
謙信様の様子に私は嬉しくなって言う。
「お口に合ったみたいで良かったです」
私はすぐに空になってしまう盃にお酒を注ぎ、謙信様は機嫌よく盃を傾けた。
(意外と感情表現が豊かなところもあるんだ…)
謙信様がもう一つの盃にお酒を注ぎ、私に差し出して言う。
「何を呆けている。お前も飲め」
「あ、ありがとうございます」
私は笑顔で盃を受け取り、お礼を言った。
(期間限定もののお酒!謙信様が気に入ってくださったお酒はどんな感じかな)
ワクワクしながら盃に口をつけ、それを飲み干す。
「美味しい!」
謙信様は手酌で酒を飲み始めていて、私の方をチラリと見て
「ああ、そうだな」
と微笑んだ。
(怖いとばかり思っていた謙信様が…笑ってる。はぁ、目の保養…)