第88章 幸せを願う
箪笥を開け、長いこと着ていなかった羽織を探す。
歳を重ね、色味が合わなくなったからと仕舞いこんでいたが、何十年も捨てずに保管していた。
家康「あった」
安土に住んでいた頃に着ていた羽織。
あの頃好いていた女が作ってくれた大事な羽織だ。
それと、夜着を並べると………縫い目が一致した。
家康「あの娘は500年後に居るんじゃなかったのか?」
途中だった文の続きを読む。
『その針子は蝦夷に住んでいてな、偶然知ったんだ。
生憎海を渡るほど元気じゃないから顔は合わせてない。
だが蝦夷を行き来している商人の話を聞くと『あの頃』とそう違わない年格好で、三人の子の母親らしい。
一番下の子が7歳だというから驚きだよな。
南蛮人が言っていた不思議な妖術を使う魔女だったりしてな』
家康「あの娘に本当に時を駆ける力があったなら…ありえなくない話だ」
俺達が生きた何十年をひとっ飛びに越えたのなら、あの娘はあの頃の可愛い姿のまま…
ふと夜着の裏地が見えて、奇妙な動物の刺繍が目にはいった。
家康「…なに、この変なブタみたいな生き物」
眉間に皺が寄る。
今は日本に居なくとも500年後には慣れ親しんだ動物なのかもしれない。
身体半分で色が違う、間抜けな顔の動物を見ているとふと気が緩んだ。
家康「ふっ、なんかこいつの顔を見てると悪い夢、絶対見なさそう。
ありがとう、舞。ずっと大事にするよ」
なんで500年後じゃなく蝦夷にいるのかわからない。
三人の子供が居て、好きだと言っていた針子の仕事をしているのか…。
年甲斐もなく胸がきゅっと締めつけられた。
甘酸っぱい痛み。
家康「元気そうで良かった。ずっと笑ってなよ……」
三成のこと馬鹿にするんじゃなかった。
なんだかんだで俺も舞への淡い想い、忘れていなかった。
家康「大好きだったんだよ、あんたのこと。
幸せにね、舞」
記憶の中の舞がふにゃっと笑った。