第88章 幸せを願う
お客様が持ってきた着物をあの男性にあてはめていく。
白い着物、黒い外套……下はきっと……薄い青の袴。
そこまでは思い出せたのに、それ以上のことは思い出せなかった。
けれど出会えたことと、あの方が幸せそうに笑っていたことだけが何よりも嬉しかった。
バックヤードでよくわからないまま泣いていると同僚が心配してくれた。
同僚「大丈夫?もしかして情緒不安定になってる?
もうすぐ唯世(いせ)は結婚するんだもんね」
マリッジブルーだと思われているみたいだ。
全然違うけど、この原因のわからない涙の言い訳には理由が必要だ。
唯世「うん、そうかも…?さっきのご夫婦があまりにも幸せそうで、なんだか泣けてきちゃった」
同僚「そっか、唯世の旦那さんもきっと幸せにしてくれるよ。
すっごい優しいじゃん!よそのご夫婦を見て涙してないで、新婚生活を楽しみにしなよ」
唯世「ふふ、ありがとう」
お客様の名前は舞様で、旦那様は謙信様。
とてもお似合いの二人で、お互いを深く想いあっているのが一目でわかった。
素敵な二人だった。
(私も目一杯、幸せにならなきゃ。あのお二人のように)
私は人知れず胸に誓い、店を後にした二人がいつまでもそうであるようにと願った。