第85章 依頼主からの文
歴史書にある家康の肖像画。
それを見て幸村が『そっくりだ』と言った。
目がぎょろッとして、貫禄のある体躯………
でもなんだか腑に落ちない。
安土に居た頃、家康は朝から晩まで動き回っていた。
弓、馬術、鉄砲などなど鍛錬を怠らなかったし、食事だって割と質素なものを好んでいた気がする。
そんな人物が肖像画にあるような立派というか貫禄があるというか…そんな体形になるだろうか。
瞳だって涼しげにきりっとしていて、めったに見られなかったけど笑う時は優しいラインを描いていた。
ぎょろ目で描かれるなんておかしい。
「別人すぎない?」
家康に限らずだけど、当時の絵師はどこを見て書いたんだろう…。
自分の勘を信じて、肖像画の家康は頭から追いやった。
家康の着物を仕立てた時の記憶を頼りに夜着を縫った。
今や天下人になった家康の事だ。
公務用の着物はたくさん持っているに違いない。
それらに埋もれてしまうのは悲しいし、それなら自室でゆっくりと過ごすために、着心地の良い物を作ってあげたかった。
家康は派手な物を嫌うから、色味を抑えた芥子色の生地にした。
柔らかすぎず固すぎず……それでいて肌触りの良いものにした。
「ふふ、家康は安土に居た頃は芥子色とかすごく似合ってたけど、今はどんな着物を好んでるのかな。
毎日大変だろうけど、頑張って……」
少しでも安らかに眠れるように裏地には獏(ばく)の刺繡を入れた。
悪い夢を見ても獏が食べてくれたら、という願掛けだ。
(本当は架空の動物だけど、ツートンカラーのマレーバクにしちゃった……家康、わかんないよね)
眉間に皺を寄せ『この変なブタみたいなの、なに』とか言いそうだ。