第84章 結ぶ
家康「正式に紹介したことはない。
ずっと前、秀吉さん主催のお茶会が開かれた時に俺の傍仕えの女として参加したことがあった。
三の姫は遠目で三成を見た事があるだけで、お前にとっては初対面だ」
三成「数年前、たった一度見かけただけの人間を覚えておいでだったのですか?
姫様はとても聡明な方なのですね」
さすが家康様の姫様ですね。そう笑う三成に、三の姫はただただ俯くだけだった。
家康はあからさまにため息を吐くと、ボソッと呟いた。
家康「…なりなり」
三成「…?申し訳ありません、今なんと?」
三成の耳には確かに『なりなり』と聞こえていたが、ここで何故あのクマの人形の名前が出てくるのがわからず、つい聞き返してしまった。
家康「こいつは小さい頃、俺が仕舞いこんでいた『なりなり』を見つけて、ずっと遊び相手にして可愛がっていたんだ。
それはもう、何度針子に直させたかわからないくらいボロボロになるまで、ね。
そしてある時、茶席の経験を積ませるために侍女に紛れこませて参加させたんだけど、『父上!なりなりにそっくりの殿方がいらっしゃいます!』って、それはもう凄い剣幕で俺に訴えてきて」
思い出したのか家康が肩を震わせている。
寛いだその様子は、普段の家康からは想像もつかないものだった。
姫「だって、あの時は本当に驚いたんですもの。お召し物の形や色合い、眼鏡まで、それに…」
三の姫が言葉を切ってチラリと三成を見遣る。
三成「……?」
三成は三の姫の物言いたげな瞳を見返して、笑い返す。
その笑顔はなりなりと同じもので、過去に舞が『癒される』と称したものだった。
三の姫は三成に魅入るようにして、
姫「その…なりなりと同じで、髪に癖が…」
三成がああ、と自分の髪に触れた。