第84章 結ぶ
家康「こいつは俺の娘だ。誰に似たのか知らないけど放浪癖があって、城にひと月と居たためしがない。
ふた月前、この地を旅した折に、お前を見かけて俺に報告してきた」
家康の娘と聞き、三成は目を丸くした。
三成「姫様、私のような者に頭を下げる必要はありません。
どうか頭をお上げください」
姫「お初にお目にかかります。父、家康の娘、三の姫です」
柔らかな声が響き、三の姫はゆっくり頭を上げた。
伏せていた瞼が三成の目線まで上げられると、長いまつ毛に覆われた美しい翡翠の瞳が見えた。
柔らかそうな金の髪は綺麗に結い上げられ、透けるような白い肌を引き立てるように薄化粧をしている。
三成「お噂には聞いておりましたが、お美しい方ですね、家康様」
姫「噂…ですか?」
三の姫が初耳だというように、小さな声で聴き返した。
家康は噂を耳にしたことがあるのか、面白くなさそうに黙った。
三成「ええ。下世話な話ですが、三の姫様は月も花も恥じらう美しさを持ち、家康様が大層可愛がって誰の目にも触れさせないようにしていると。
何かの折に姫様を目にした者、声を聞いた者はたちまち虜になり、また一目見たいと恋煩うようになるそうです。
求婚の文が日々、山のように届いても姫の心は動かず、いずれ帝の元へ入内(じゅだい)されるのではと言われております」
何も知らなかったのだろう、顔を曇らせて三の姫は家康の方を見た。
家康は姫の無言の問いかけを受けて、鼻をならした。
家康「その噂は全部外れている。こいつを表に出さないのは城に居ないからだ。
さっきも言ったけど、こいつは放浪癖があって民百姓の暮らしが見たいと知らない土地へ出かけていく。
いつも家紋がついた印籠を懐に忍ばせて、病気の者に施しをしているんだ。
求婚の文が届いていようが、縁談の話が持ち上がろうが、城に居ない人間に話が通るわけない」
三成「では入内の話は…?」
家康「三の姫のこと、どこから聞きつけたのか知らないけど入内の話はあった。
けれど俺はこいつ程『姫らしくない姫』を知らない。
姫として最低限の教えは施しているけれど、蓋を開ければ誰もがびっくりするくらい型破りでお転婆な姫だ。波風たたないように断るのがどんなに面倒だったか…」
はあ、と家康がため息をついた。