第84章 結ぶ
三成「豊臣家と徳川家がぶつかり合うのは必然だったのかもしれないですね。
あの大戦の足枷となる私達は、目に見えない何かに強制的に眠らされた」
家康「……」
いつもなら『なに、その世迷言』と辛らつに言い放つところだが、二人同時に謎の病にかかったことの説明がつかない今、強く否定できない。
三成はしばらく沈黙して床の一点をみつめている。
それは三成が戦略を練っている時に見せるクセのようなもので、家康は三成が考えをまとめるのを静かに待った。
やがて紫の瞳が輝いた。
それは何かを見つけ出した時の子供のようにキラキラしている。
三成「家康様。突拍子もない憶測を口にしても良いでしょうか」
家康「お前が突拍子もない事を言うのは昔から慣れてる。それで、何?」
念のためにこの部屋は人払いを済ませてある。
三成「舞様のことです」
三成が懐かしい女の名前を口にした。
家康は久しぶりに聞いた名前に、甘い疼きを感じた。
しかし顔には出さず『あの女がどうしたの』と素っ気なく答える。
三成「もう信長様がいらっしゃらないので、あの言葉を聞いたのは私しか居ないのですが、本能寺で舞様が信長様の手を取って寺から出てきた時のことです。
舞様は『私はこの時代の人間じゃない。500年くらい後の未来からきた』とおっしゃったのです」
家康は一瞬、間をおいたのち、
家康「…は?あの娘、なに馬鹿なこと言ってんの?」
と眉をしかめた。
三成はその反応を、さも当然というふうに頷いた。
三成「もちろん信長様は面白いと笑い、私は火事に巻き込まれて気が動転しているものと思いました。だからその言葉はずっと忘れておりました。
しかし今になって思えば舞様にはその言葉を裏付ける言動が多々ありました。
お召し物が焼け焦げていたので、私が着替えを用意したのですが『草履の大きさ?足のサイズは24センチです。このタイプの帯は結んだことがない』とおっしゃっておりました。
私もその時は気が急いていたので特に追及はしませんでしたが、城においでになってからも『申の刻…って何時?』『四半刻ってどのくらいの時間なの』と、まるで童のようにあれこれ聞いておりました」