第83章 嵐の前の日常
(姫目線)
信長様達と入れ替わるようにしてやってきた幸村を迎え入れ、穏やかな日々が流れるように過ぎた。
幸村はしょっちゅう謙信様に鍛錬という名目で斬りつけられ、信玄様には『幸が一番の年長者だな』なんてからかわれ、日々ぐったりしている。
幸村「信じらんねぇ、この齢になって謙信様の稽古に付き合うなんて。体力持たねぇよ」
なんて愚痴をもらしている。
私はというと三人の子育ての傍ら、空いた時間に縫物をしてはそれを卸して収入を得ていた。
ここで手に入る布は限られているので、なるべく布を消費しないよう小物や、子供用の着物や肌着が中心だ。
冬の間、畑仕事はできない代わりにせっせと縫った着物類は、春には駕籠いっぱいになっていた。
――――
雪解け早々港に着いた船にそれを卸しに出かけた。
馴染みの行商人に渡すと、一枚広げて頷いてくれた。
行商人「舞様が作るものはどれも物がいいですね。
縫い方も丁寧で綺麗ですし、他で見ないようなこの辺りなど、とても人気があります。
特に江戸の方々は新しい物に目が無くて舞様の品が欲しいという方が多いんですよ」
行商の人が指差すのは女の子の着物の襟や袖に少しだけ入れたフリルだ。
最近は幕府が開かれた江戸も流通が盛んになってきているらしい。
取引の量が増えたと行商の人は喜んでいた。
「ふふ、良かったです。今回はフリルが入った物と、レース刺繍を入れたものもあるのでよろしくお願いします」
行商人「れえす?」
「えっと、これですね」
レースが入った着物を籠から出して見せる。
行商人「へえ!これは繊細ですね!京や大阪では見たことがありません。
どうやって作っているんですか?」
「専用の針を使って作るんですけど、ちょっと説明が難しくて…」
舞かぎ針と糸をイメージして、宙で手を動かした。
行商人「糸と針で…この刺繍を作るのに結構手間暇かかるんですか?」
「この大きさならそんなに時間はかかりませんけど、何しろ子供が走り回るのでなかなか集中できなくて」
雪で外に出られない日は家の中が運動場と鍛錬場だ。
冬の間、ずっとドタバタしていた家を思い出し苦笑いしか出てこない。