第82章 秀吉の願い
(家康も言うようになったな、これからが楽しみだ)
間違いなく次の天下人は家康だ。
他の追随を許さぬ勢いがある。
秀吉は家康が治める天下を見られないと思うと残念でならなかった。
名残惜しむようにぐるりと広間を見回した後、家康の翡翠の目を射抜くように見た。
秀吉「ああ、よろしく頼む」
大きく息を吐くと身体から力が抜けた。
筋肉が弛緩するとはまた違う様子に、周りの者がはっと息を呑んだ。
家康「秀吉さん!?」
三成「っ!!秀吉様っ!!」
次々と家臣達が『殿!』と呼ぶ声を秀吉は聞いていた。
(ああ、ついに死ぬんだな………)
いうことをきかない重たい体から解放され、今までの出来事が走馬灯のように過ぎる。
中でも鮮やかに煌めくのは安土の頃。
安土城の天主に信長や光秀が居て、政宗がたすき掛け姿で料理をし、家康は料理が真っ赤になるくらい唐辛子をかけて政宗に怒られている。
三成は寝ぐせをつけたまま読書をして、秀吉自身はその口にご飯を突っ込んでいる。
舞も…輝かしい笑顔で笑っている。
秀頼にはよく話して聞かせ、幼いなりに理解してくれた。
暮らしに困らないようにとそれ相応のものと『形見の品』を持たせた。
今頃九兵衛の住む村に着いている頃だ。
そこから秀頼の新しい人生が始まる。
家臣達にくれぐれも頼むと言った時に比べれば、憂いはひとつもなくなった。
(ありがとう、舞。お前のおかげで俺は満足して死ねる)
孤独だと思っていたが、少なくともねね、三成、家康の三人は秀吉の死を心から悲しんでくれた。
それで充分だ。
光秀が崖下に飛び降りる直前『俺は…お前たちのその言葉だけで充分だ』そう言った気持ちが今、よくわかった。
(さて、先に来世に行って待っているか)
不思議に死の恐怖も別れの寂しさもなかった。
あるのは先の世で信長と舞を待ち、探そうという気持ちだけ。
次こそは行く道が最後まで同じであるように
秀吉は意識が沈む最後の瞬間に天に祈った