第82章 秀吉の願い
秀吉「三成、あとは頼むぞ。ねねを守ってやってくれ」
三成「承知しております。ですがお聞きしても良いですか。
なぜ遺言を変える決断をされたのですか。
前の遺言を残された後に、考えをぐるりと変えてしまった出来事が何か起こったのでしょうか?」
秀吉「夢を見たんだ」
三成「夢…ですか?」
秀吉はよれた日誌を取り出した。
秀吉「この日誌を読んだ夜、俺は寝ている間に蝦夷まで飛んで行き、この日誌に書いてあった内容をそのまんま見聞きしたんだ。
そこには信長様や光秀が年を取らないまま生きていてな、それはそれは見ていて心躍る夢だったんだ」
三成は眉を下げ、困った顔をしている。
秀吉「その夢を見ていたら昔のことを、信長様の右腕として安土に居た頃を思い出したんだ。
俺は信長様と『仮の話』をしたんだ。
自分が死にそうな時に子供が一人しか居なくて、まだ幼かったらどうするかってな」
三成「仮の話ですか?」
三成は首を傾げた。
口には出さなかったものの、その『仮の話』は今の秀吉の状況そのままだったからだ。
三成「もしや信長様は……」
秀吉は頷いた。
秀吉「才能のある人間に子を預けると言っていた。
『子にその器があると思ったなら天下人へと導くように、もし器が無かった場合は子に代わって天下を治めろ』そう言うだろうとおっしゃっていた。
天下人という立場はその時その時で才あるものが務めれば良いと」
三成「なるほど………流石信長様ですね」
感心したように三成が頷いた。
菫色の瞳が好奇心でキラキラと輝いていた。
三成「親心としては後継ぎは子に、と思うのが常です。
それを才ある人間が継げなどと、一見無情な言葉に思えますが裏を返せば子、家を守る事に繋がりますね」
回転の速い頭は一瞬にして結論を導き出した。
何度もうなずき、納得がいったという清々しい笑みを浮かべた。
三成「秀頼様が姿を消せば豊臣家は大混乱になるでしょう。
秀吉様の行動は多くの人には理解してもらえないかもしれません。
ですがこの三成だけは、いえ、北の方様と、きっと家康様も納得して下さることでしょう」
キラキラと輝くような笑みに秀吉もつられて笑った。