第82章 秀吉の願い
ねね「百姓出の男が天下人になるからこうなるのです。結局は最後、人情に流されて豊臣の名よりも家族の命を選ぶのでしょう!?」
秀吉「っ!ねね、そこまで言わなくとも」
ねねのあまりの言い様に秀吉は言い返す言葉を探せず、三成もポカンと口をあけた。
三成「ねね様、そのように辛辣に責めては…」
ねね「いいえ!まったく何が天下人ですか、殿なんかこうしてやります!」
ねねは両手で秀吉の頬を摘まんで引っ張った。
秀吉「ててててっ!ねねっ!」
三成「北の方様っ!どうかお気を静めてください!」
三成が慌てるも、相手が相手だけに力づくで止めさせるわけにもいかず説得を試みる。
ねね「豊臣についてきてくださった方々はどうなさるのですか!殿が家康様に跡を譲ると言って、はいそうですかと納得されるとでもお思いですか!?
まったくあなたという方は昔から無茶苦茶です!」
息も荒く秀吉を責めていた言葉が徐々に力を失っていく。
ねね「でも…でもっ、私や秀頼様を大事に思ってくださるそのお気持ちが、途方もなく嬉しいと思う私もまた、馬鹿な人間なのでしょう…」
ねねは涙が溢れる前に自ら涙をぬぐい、背筋を伸ばした。
ねね「殿、このねねにお任せくださいませ。
どんな命(めい)も必ず成し遂げてみせましょう」
散々怒って秀吉を罵ったかと思えば、突然毅然とした態度をとる。
秀吉は笑いが止まらなかった。
秀吉「ふっ、ふはは!お前に頬を掴まれ叱られるなんて久方ぶりだ。
あの頃はまだお互い若かったな……ありがとう、ねね。明日城を出たら、ここに書いてある村へ行って欲しい」
秀吉は頬をさすりながらねねに一枚の紙を渡した。
秀吉の頬は思い切りつねられたせいで赤くなっている。
ねね「…随分と田舎ですね。ここへ行き、どなたに秀頼様をお願いすればよろしいのですか」
ねねは秀吉の頬を申し訳なさそうに見ている。
秀吉「そこに九助という男が住んでいる。その男に秀頼を預ける」
ねね「聞いた事がない名ですね。どのような素性の方なのですか?」
秀吉と三成の視線を合わせ笑みを浮かべた。