第81章 不思議な夢
信長「貴様に似て呆けた顔をしておるな」
小さく握られた拳を信長は人差し指で軽くつついた。
胡坐をかき体勢を低くして赤子を見る様は、かつて魔王と呼ばれた男とかけ離れた姿だ。
女「信長様、とても優しい顔をされていますね。
嬉しいです…安土に居た頃はいつも冷たい目をなさっていたから」
赤子を見下ろしていた信長は数度瞬きを繰り返し、首を捻った。
本人は自覚していなかったようだ。
(確かに信長様はいつも心を凍らせ、冷たい目をされていた)
そこまで思い、秀吉ははっと気が付いた。
(俺も……俺も、ずっと心を凍らせていなかったか?
ずっと、冷たい目で物事をみつめていなかったか?)
手で目を覆って自問する。
若い頃は人たらしと言われ、世話好きだった自分と今の自分は……あまりに変わっている。
信長「そうだな。ここに飛ばされてからは心の持ちようが変わったせいか以前よりもこの辺りが温かい。
失ったものは多いというのに不思議なものだな」
胸に手をあて、にっと笑う信長はとても満たされた表情をしている。
(飛ばされて?)
はて、どういう意味なのか。
秀吉は首を傾げるも、信長の穏やかな顔を複雑な思いで見ていた。
(同じ天下人であるのに、信長様はなんと穏やかな顔をされているのだろう)
秀吉は多くの者達に囲まれて過ごしているが、いつの頃からか距離をとるようになっていた。
権力に縋り付いてくる者、あわよくばおこぼれを、と期待してくる者。
信長に仕えていた頃からそういう輩を目にしていたので軽くあしらっていたが、そのうち面倒になり全て遠ざけた。
家臣達とは一定の距離を保ち、家族とも少し距離があった。
一人で居る時間が多くなり、秀吉は長年孤独と共にあった。
時折三成と話すと和む…そのくらいだ。