第81章 不思議な夢
(上杉……謙信!)
褪せた髪色に、左右色違いの瞳。無言で部屋を見渡す表情は、その場を凍らせるには十分な冷たさを放っていた。
行方をくらました頃と変わらない凛々しい姿だ。
誰も上杉謙信と気づかないのは怪我人達がいずれも若く、単に『見たことがない』からだろう。
彼らにとって上杉謙信は、名は知っていてもとうの昔に死んだ人間だ。
子供達が顔を輝かせ『ぱぱ』と駆け寄っていく。
謙信は表情を和らげると、両手に軽々と子供を抱き上げた。
謙信「お前も早う来い」
女「ですがこの方は起き上がることができませんので食べさせてあげなくては。
先に召し上がっていてください」
褥から出られずにいる男の傍に、女は『よいしょ』と重たい身体で膝をついた。
いつ生まれてもおかしくないくらいお腹が膨らんでいる。
謙信「…お前が手ずから食べさせるだと?」
不機嫌を隠そうともせず、謙信は声を一層低くした。
女はさして気にしない様子だが周りの男達が慌てた。
男2「朝日殿、その者には私達が食べさせますので、どうぞ旦那様の元へ」
女「でも…」
女が気づかわしげな視線で男達を見ていると、謙信は強烈な一言を言い放つ。
謙信「わかっていないようだな。お前の居場所は俺の隣だ。
他の男の隣に座るというなら、その男を斬って捨てるが?」
部屋にいた男たちは青ざめ、女に『ささ、朝日殿』と腰を上げさせる。
女「わ、わかりました!
もう、皆さんがびっくりしているじゃありませんか」
女も飛び上がらんばかりに立ち上がった。
謙信が子を連れて先に去ると、女は申し訳なさそうに謝った。
女「驚かせて申し訳ありません。ちょっと怖いですけど悪い人ではないのでお許しください」
男1「朝日殿、旦那様の迫力は『ちょっと』ではございませんでしたが、裏を返せば朝日殿を想ってのこと。
愛されていらっしゃいますね」
女「ふふ、ありがとうございます」
女が笑うと凍り付いていた場はあっという間に溶け、笑いが溢れた。