第80章 豊葦原千五百秋水穂国
「出産が済むと、赤ちゃんに栄養を届けていた胎盤が自然に剥がれて排出されるんです」
少し痛んだので顔をしかめると、謙信様の顔がみるみる曇る。
謙信「痛むか…?」
「ふふ、大丈夫ですから。心配しないで下さい」
謙信「心配するに決まっているだろう?」
手の甲で頬をなでられくすぐったい気分になる。
(大好き……謙信様)
気持ちを込めて見つめると、謙信様に伝わったのか頬を緩めて見つめ返してくれた。
光秀「ふっ、こんな時にまで睦み合うとは…、ほら、終わったぞ」
用意されていた木桶に赤黒いぶよぶよしたモノが入っていて謙信様が目を丸くしている。
謙信「これが……」
「胎盤です。500年後ではへその緒の血や胎盤は再利用され、様々な病気の治療に役立つんですよ」
謙信「本で読んで知ってはいるが、想像していたよりも大きい」
光秀「これを治療に使うのか?興味深い…。後で佐助にでも話を聞いてみるか。
舞、休みたいだろうがもうひと頑張りだ。
俺達は一度部屋を出る。湯で身体を拭いて、着替えろ」
「はい」
光秀「着替えたら呼べ。その身体で布団を片付けようなどと思うなよ」
光秀さんは私に釘をさして謙信様と部屋を出ていった。
重だるい身体で、着ていた襦袢を上だけ脱いで、身体を拭いていく。
上半身を拭き終え、ユックリ立ち上がった。
「うわぁ…」
襦袢と、私が座っていた場所は血だらけだ。
血が薄まって滲んでいるのは羊水のせいだろう。
現代では分娩台に乗っていて、どれほど出血したか目にすることはなかった。
ついまじまじと見てしまった。
「こんだけ血で汚れれば『穢れ』だって言われる意味もわかるな」
着ていた物を脱ぎ捨て、順に拭いていく。
大量にかいた汗に体温を奪われ、肌が冷たく冷えていた。
下半身を拭くと、お湯に混ざった血が鉄錆びたような匂いを発し、思わず顔をしかめた。
よろめきながら夜着に着替え、ぐちゃぐちゃに乱れた髪を手櫛で直してまとめると、さっぱりした気分になった。
「いたた…」
布団の惨状があまりにも凄かったけど、出産直後の身体ではどうにもできない。
謙信様が敷いてくれた清潔な布団にゆっくりと座り込んだ。
一息ついてから戸の外に声をかけると、光秀さんと謙信様が入ってきた。