第80章 豊葦原千五百秋水穂国
光秀「さっきから不思議に思っていたが…その姿勢でいいのか?」
壁際に布団を高く積み重ねて動かないようにし、それに背中を預けて座っている姿勢が気になっていたようだ。
「は、はい。私の時代ではこの姿勢が一般的だったので」
光秀「わかった。お前のやり方で良い。次の陣痛がきたらいきめ。いいか、息をとめるなよ」
「わかりました」
いよいよ最後の踏ん張り時だ。光秀さんの忠告にしっかりと返事をした。
謙信「頑張れよ」
言葉少なに励ましてくれる謙信様が、酷く不安そうだ。
きっと謙信様は私を失うかもしれない恐れに苛まれている。
(安心して、ほしい。な)
自分の事でいっぱいいっぱいだけど、謙信様に微笑んでみせた。
この方を放っておけない。とても強いけど、脆い方だから…。
時の神の力がはたらいているかなんて、もう考えるのはやめた。これは私の戦いだ。
絶対に産んでみせる。
「謙信様、安心してください。無事に産んでみせますから。
出血は避けられませんが絶対にあなたを一人にしないと誓いますから…手を握っていてくださいね」
謙信「ああ、約束だ」
気持ちが伝わったのか暗く翳っていた目が少しだけ明るくなった。
すぐに陣痛の波がやって来た。
「うっ」
さっきまでは赤ちゃんが下りてくるのをひたすら待っていた。
(ここからは外に出すためにいきむんだ)
息を吐きながらぐっとお腹に力を入れる。
陣痛の痛みにさらに圧力を加えるから苦しい…。
ふー、と長く吐いては息を吸い込む。
分娩台のように掴まるところがないので左手は謙信様の手を、右手は寄っかかっている布団を思いっきり掴んだ。
「はぁ、はぁ……」
陣痛の痛みが去り、浮かせた腰をおろす。
それを何度も、何度も繰り返した。