第80章 豊葦原千五百秋水穂国
「っ…!」
強い痛みを逃すために呼吸をする。
謙信「そうだ、上手だ、舞。
もう直ぐ会えるな、俺達の子に……」
励ますように頭を撫で、声をかけてくれる。
「はい、そのためにもうひと頑張りです」
笑みを交わし合ったところで、二人分の足音が聞こえてきた。
光秀「待たせた」
光秀さんはいつの間にか襷掛けをしていて、私の足元に座った。
大きな桶から小さい桶に湯をうつしている。
信長「舞、俺は外で待つが……頑張れよ」
「ありがとうございます。ぅっ……!」
赤ちゃんが外に出たいと内側から押してくる。
私の身体も外に出そうと懸命に収縮を繰り返している。
(痛い…)
苦悶する私をじっと見おろし、信長様は鋭く命じた。
信長「光秀、後は頼むぞ。こいつは俺の験担ぎだ。絶対に生かせ」
光秀「承知いたしました」
足早に信長様は去っていき、部屋に三人になる。
光秀「さて舞、まずは息をしっかり、だ。
口で吐いて鼻で吸うんだ。
息が吸えないなら吐くことに集中しろ…『あの時』と同じだ。できるか?」
「はっ、はい、うっ…も、ちろんです」
龍輝と結鈴を妊娠中、出産時の呼吸法を教えてもらった時に気が付いた。
安土城の広間で光秀さんが教えてくれた呼吸法と同じだということに。
息を吐いて、吐いて吐ききってしまえば、どんなに痛かろうとなんだろうと人間は息を吸うしかない。
口で息を吸うより、鼻で息を吸った方が肺に酸素が取り込まれ、赤ちゃんへ届く…。
改めて呼吸を意識した。