第80章 豊葦原千五百秋水穂国
(あ、この香り……)
目を開けなくても光秀さんが来たのだとわかった。
苦渋の決断をしてくれた謙信様に感謝した。
1人だった部屋が途端に慌ただしくなる。
光秀「信長様。蘭丸がおりませんのであなた様に細々と頼むことになりますが、どうぞご容赦を」
信長「良い、まずは湯をはった桶だったな。
お前が言っていた道具は煮沸が済んだら持ってくる」
光秀「お願いします」
(蘭丸君、居ないんだ。佐助君のところに行ったのかな…)
上から聞こえてくる会話に気を取られていると、謙信様のものではない手が腰に触れてピクンと反応してしまった。
「はっ……ぁ」
光秀「これから赤子の位置を調べるためにお前に触れる。我慢しろよ」
「はい。光秀さん、こんなことを頼んでごめんなさい」
この時代、出産の場は穢れとされているのは知っている。
謙信様は現代の知識を得ているから立ち会ってくれているけど、光秀さんにこの場に来てもらうのは申し訳ない気分だ。
光秀「構わない。お前の助けとなるなら何でもしてやろう」
(いつもなら意地悪を言ってくるのに…)
光秀さんが素直だと調子が狂う。
「ありがとうございます」
光秀「こんなに汗をかいて…頑張ったな」
返事はできなかったけど、目を合わせて微笑んだ。
謙信「………」
謙信様は黙ったままで私の手を握っていてくれる。
光秀さんは私の下半身に掛けてあった布を少し持ち上げ、手を差し入れてきた。
触診しやすいように仰向けになり、膝を立てて足を左右に開いた。
謙信「明智、なるべく……必要以上に触るな。絶対に見るなよ」
嫉妬、不安、焦燥が入り混じった低い声が、光秀さんに向けられた。
ぎゅ…
私の手を握る強さが増した。
(嫌だよね。他の男性に触らせるなんて…)
しかも光秀さんに…。
荒れに荒れているだろう謙信様の心に謝った。
切羽詰まった今の状態では光秀さんの手を借りるしかない。