第5章 看病三日目 護身術と誓約
(謙信目線)
結局長屋の周辺を歩いただけで部屋に戻ってきてしまった。
戸の前に立ったが逡巡する。
(俺は何をしているのだ…)
越後から届く書簡はひっきりなしだというのに、時間を潰している暇はない。
しかし戸を開けた先で二人がまだ仲睦まじくしているのなら、部屋に入りたくない。
謙信「………はぁ」
戸に手を掛けようとため息を吐いた時、部屋の中の空気が変わった。
殺気ではない。警戒、恐怖の類だ。
直後、何かが柱にぶつかったような大きな音がしたので、すぐさま戸を開いた。
謙信「何事だ!?」
(どこぞの手の者が忍び込んだか!?舞は無事か?)
立ち上がろうとしている軒猿が目に飛び込んできた。舞の姿を探すと、佐助に庇われるようにして立っていた。
「そ、その人がいきなり部屋に入ってきて…」
舞は気丈にも口がきけるようだが、その姿は無惨だった。
衿を強く掴まれたのか鎖骨は露わになり、柔らかな膨らみの谷間が見えそうになっている。
着物の裾が大きく乱れて膝から下が丸見えだ。
外からその姿を見られぬよう、すぐさま戸を閉める。
謙信「………」
愛刀を鞘から引き抜いた。
ふつふつと湧きあがってくる怒り
庇護下にある女に危害が及びそうになったから。
それもあるが持ち場を離れた俺自身に対しての怒りだ。
チャキ…
刀を部下に向けているが、刀の矛先は本来俺に向けられるべきもの。
苦い思いで部下に状況説明を求めた。
謙信「どういうことか説明しろ」
??「はっ、急ぎの書簡を届けにきたところ、安土の姫がおりましたゆえ捕縛しようしただけです」
この男は牧(まき)。軒猿をまとめる頭だ。
女を辱めるような不埒な男ではないが、何故舞があられもない姿になったか知りたい。
謙信「ほう、お前は相手を捕縛する時にわざわざ身包み(みぐるみ)を剥いだ上に無体をはたらくのか?」
牧「いえ、姫が抵抗して私を投げ飛ばした際に着物が乱れたのであって、決して身包みを剥ぐなど致しておりません。
先ほどの音は私が柱に体を打ち付けた音です」
(………あの細腕で、牧を…投げた?)
この状況で牧が冗談を言うわけがない。