第80章 豊葦原千五百秋水穂国
「この子も頑張っているんです。生まれてきた時に直ぐに温めて、不安にならないように迎えてあげたい……」
謙信様の顔に葛藤の色が浮かぶ。
謙信「だが、この場に男を招くのか?」
「はぁ…ぅ、男性しか……居ないのですから、仕方ないじゃないですか…」
赤ちゃんを取り上げ、身体を清め、産着を着せて…。
それに私の後産だってあるし、出産の後始末もある。
やることは山ほどあるのに、なんの経験も知識もない謙信様に全部やってもらうなんて到底無理だ。
私だってあれこれ教えられるほど余裕はない。
皆で、助け合って何とかするしかない。
「私はともかく、赤ちゃんのお世話だけでもなんとかお願いを、はっ、うぅ」
重い痛みに全身から汗が噴き出た。
着ている物も汗でじっとりと濡れて肌に張り付いていた。
謙信「わかった。信玄は結鈴と龍輝の面倒を見ている。
信長と明智、蘭丸に話をつけてくる。その間、一人で頑張れるか?」
「はい……早く帰ってきてくださいね」
謙信様が励ますよう視線を残し、出ていった。
部屋に一人にだけになり、途端に心細さが襲う。
(医療設備も何もない場所で、産婆さん無しで出産に臨むことになるなんて)
皆に手伝ってもらうと言っても、出産に立ち会ったことなんて皆無だろう。
『できるだろうか』という不安がつきまとう。
「うっ、あぁ」
謙信様が心配するからと押さえていた声が漏れる。
傷ひとつ負うことを許さない謙信様のことだ。
私が苦しみ叫べば、自分のことのように苦しんでしまうだろうから。
(今だけ……)
「い、た……うぅ、う」
布団をぎゅっと掴み、痛みを呼吸で逃した。