第80章 豊葦原千五百秋水穂国
産気づいたのは昨夜。
子供達を寝かしつけて謙信様と談笑しながら産院に行く準備をしていた時だった。
隣町までは遠く、さらに夜ともなれば移動は不可能だった。
すぐに佐助君が産婆さんを呼びに行ったけど日付が変わっても帰ってこなかった。
蘭丸君が様子を見に行くと、産院で産気づいた人が居て、その人は初産でどうやら逆子らしいとのこと。
たった一人しかいない産婆さんはそちらにかかりっきりになっているらしい。
佐助君は産婆さんのところに待機して、お産が終わり次第、連れてきてくれることになっている。
産気づいて10時間ほどたち、夜が明けても佐助君と産婆さんは来ない。
明け方に破水して、陣痛の間隔はどんどん短くなり、ついに3分になった。
「謙信様、はぁ…、多分ですが間もなく生まれます。
産婆さんが来ない以上、私達でどうにかしなければいけません。
謙信様お一人では大変でしょうから皆に声をかけてもらえますか?
皆さんに出産の手伝いをしてもらうのは申し訳ないんですが、ぅっ……!」
骨盤が内から開かれる痛みに呻く。
お腹に手を当てると昨夜より赤ちゃんの位置が下に下がってきていた。
(もうすぐ…生まれる)
浅くなりがちな呼吸を、意識して深いものにする。
エコーも何もないから性別もわからないし、何グラムかもわからない。
だからこそなのか生まれてくるのが楽しみで仕方ない。
お腹を蹴る力が強かったから男の子かな、とか。
謙信様に似て欲しいなとか、想像は無限に広がっていた。