第80章 豊葦原千五百秋水穂国
(姫目線)
秀吉さんの家臣の人達を見送ったその日の夜。
私は産気づいた。
産婆さんの家に来るようにと指定された日は1週間くらい先だったけれど、明日にでも向かおうと仕度をしていた矢先のことだった。
「う……ぅ、はぁ、はぁ」
口から洩れる苦痛の呻き。
お腹の痛みと束の間の休息が定期的に訪れる。
佐助君に渡された懐中時計で見ると、その間隔は5分を切り、短くなってきていた。
謙信「舞……」
愛しい人の声にそっと瞼を持ち上げた。
産気づいてからずっと手を握ってくれている。痛いのは私なのに、謙信様の方が蒼白な顔をして倒れそうだ。
陣痛の合間……束の間の休息を待って、声をかけた。
「謙信様、大丈夫です。順調にお産が進んでますから」
謙信「だがもう半日も苦しんでいる」
私の額の汗を拭ってくれながら謙信様が悲壮感を漂わせている。
「ふふ、半日なんて普通ですよ。傍に居てくれるだけでどれほど心強いか、ぁ、……」
陣痛の波が襲ってきて言葉が途切れた。
前回の出産の時を思い出し、息を止めないように意識する。
二人きりの部屋にフー、フーと息を吐く音だけがする。
(息を吸う時は鼻で…ぅ、痛い……)
腰からお尻にかけて形容しがたい痛みが襲い、呼吸が乱れた。
謙信「呼吸を止めるな。息を吐け」
私の腰に手をあてながら、謙信様が聞こえるように『ふー』と息を吐くのが聞こえた。
それに合わせて息を吐いて、吐ききると途端に口を覆われた。
謙信「許せ。鼻で息を吸え」
コクコクと頷いて鼻から酸素を取り込んだ。
肺が満たされたタイミングで、口を覆っていた手が離れる。
勢いよく吐き出したいところを細く長く吐き出す。
それを繰り返しているうちに休息の時間が訪れた。
「ありがとうございます。お傍に居てくれるだけで心強いのに、手伝っていただいて…」
謙信「何を言う。産婆がまだ来ないのだ。支えるのは俺の役目だろう、
まさかお前がここで子を産むことになろうとは………」
私の身を案じ、妊娠・出産に慎重だった謙信様は悲壮感を漂わせている。
「こればかりは…仕方ありません」