第76章 姫の好奇心(R-18)
信玄「それで姫は何をあんなに困っていたんだ?」
謙信「信玄には関係ないことだ」
信玄「あんまり追い詰めると可愛い姫だって齧(かじ)るかもしれんぞ?
窮鼠(きゅうそ)猫を嚙むってな」
長い足で大股に踏み出し、信玄が謙信の懐に入った。
見抜いていた謙信はその分後ろに飛んでいたが、幾分信玄の歩幅が広かった。
あばらのあたりに信玄の掌底(しょうてい)が入り謙信がその手首を掴んで反撃にはいった。
ちゃき…
体術を繰り広げながら、お互い右手に持っている刀を相手につきつける。
信玄「俺の方が1発多い。俺の勝ちだ」
謙信「…ふん」
余裕の笑みを浮かべ信玄が刀をおろし、謙信も優美な仕草で刀を仕舞った。
信玄「なにが『きた』のかわからないが、久しぶりに姫の憂い顔が晴れて良かった。
可愛がってやれよ、謙信。
憂い顔や困り顔ばかりさせているようだと奪いとるからな」
謙信「信玄がどうしようと舞の心は俺のものだ。齧られたとてそれさえ愛らしい」
無表情ながら堂々とのろける謙信に、信玄がため息をはいた。
信玄「わかった。ほら、声をかけてやれ。
謙信が怪我をしたんじゃないかって姫が心配しているぞ」
言われて見上げると、屋根の上で舞が心配顔をしている。
謙信「この程度、怪我にもならん」
信玄「そうか?結構思いっきり入ったと思うがな。
ま、7日くらい養生すれば治るだろう」
謙信「7日もいらん。何故…
言いかけて謙信が信玄を睨んだ。
『何がきたかわからない』と言いながら、理解している。
謙信「……切り刻まれるのと、ひき肉にされるのとどちらが希望だ?最後の願いを聞いてやるぞ?」
底冷えした低い声が周囲の空気を凍えさせた。
信玄「おっと、何を怒ってるんだ?
ただ単にそこに出来るだろう痣の心配をしてやっただけだぞ。じゃあな」
謙信「まてっ!!くっ」
あばらを抑えて動きを止めた謙信に、舞が小さな悲鳴をあげた。